キラルアルコール製造用 超高速不斉水素化触媒RUCY TMの開発
―実用化レベルでの触媒供給体制を確立,2011年8月販売開始―
高砂香料工業(株)ファインケミカル事業部では、
キラルアルコール製造用 超高速不斉水素化触媒RUCY TMを開発いたしました。
1. 目的
触媒的不斉水素化反応は医薬、香料、農薬などの製造において重要な技術であります。先行既存技術であるRuCl2(diphosphine)(diamine) 錯体は、キラルなアルコール製造において広く化学産業に貢献しています。しかしながら、製造工程におけるエネルギーコストの削減、希少金属であるルテニウ ム金属の使用量削減、製品中に残存するルテニウム残渣の削減、といった課題から、既存触媒を超える高機能触媒の開発が望まれていました。
当社では当該錯体を使用する技術・製品開発とともに、高機能触媒の開発研究について不断の取り組みを行ってまいりました。
その結果先行技術であるRuCl2(diphosphine)(diamine)-t-BuOKシステムを凌駕する下記の成果が得られました。また実用レベルでの触媒供給体制を確立いたしましたので併せてご報告いたします。
2. 概要
キラルアルコール製造用 超高速不斉水素化触媒RUCY TMの開発
・反応時間を大幅に短縮できる・・・触媒回転頻度(TOF)最大で既存触媒の50倍に
期待される効果; 製造時間の短縮、エネルギーコストの削減
・触媒使用量を大幅に削減できる・・・最大で既存触媒の9分の1に
期待される効果; 触媒コストの削減、製品中に残存するルテニウム残渣の削減
・既存触媒よりも高いエナンチオ選択性(enantioselectivity)、技術対象製品が拡大
・・・既存触媒が 使用できなかった製品群への応用機会が増加
・RUCYTM-XylBINAP錯体の製造法を確立、8月に販売を開始する。
3. アセトフェノンの不斉水素化
アセトフェノンの不斉水素化において本発明であるRUCY TM-XylBINAPを触媒として用いると、既存触媒の2分の1量でも、わずか6分で反応が終了し99% ee 以上の完璧なエナンチオ選択性で目的物が得られました。目的物に対するルテニウム金属の投入量は8.3ppmと極めて少量であります。またTOF = 35,000min-1は工業用化学触媒としては極めて高い触媒効率で、反応時間の大幅な短縮が可能となります。反応時間の短縮、光学純度の改善、触媒除去工程を行うことなく高品質のキラルアルコールが得られることから、製造原価の大幅な削減が可能となります。
4. 重要医薬中間体の合成
キラルな3-キヌクリジノールは過活動膀胱治療薬をはじめとする複数の重要医薬品の合成中間体として利用されています。本発明であるRUCYTM-XylBINAPを用いた3-キヌクリジノンの不斉水素化では、先行触媒を凌駕する触媒活性(TON = 92,000、既存触媒の9倍)と高いエナンチオ選択性(95% ee, 既存触媒は86% ee)で目的物が得られました。
本成果は北海道大学 大学院工学研究院 大熊 毅教授との共著でJournal of the American Chemical Society 電子版(DOI: 10.1021/ja202296w)に掲載されました。
5. 用語説明
キラル;
炭素原子に4つの異なった置換基が結合している場合のように、自らの鏡像と重ね合わすことのできない分子をキラルであるという。同じ構成素子を持っている にもかかわらず重ね合わせることができない、右手と左手,一方の靴と他方の靴,右巻きと左巻きのねじなどが例えに利用される。生体反応では一方の鏡像体 (エナンチオマーenantiomer)にのみ、有用な生理活性を示す化合物が数多く知られている。
触媒;
特定の化学反応の反応速度を促進する物質で、反応の前後でそれ自身は変化しないものをいう。
不斉水素化;
水素ガスを用いて不飽和結合に水素原子を付加させる水素化反応において、キラルな触媒を用いることによって一方の鏡像体(エナンチオマー)を選択的(エナ ンチオ選択的)に得ようとする方法。キラル医薬品を化学合成によって製造する際、最も多く利用される反応のひとつ。2001年ノーベル化学賞の対象技術と なった。
鏡像体過剰率(enantiomeric excess);
キラル化合物の光学的な純度を表す方法で ee と略される。多く存在するエナンチオマー量(a)から少ない方のエナンチオマー量(b)を引き、全体(a+b)で割った値で表される。例えばS-体10% とR-体が90%の場合には、光学純度(鏡像体過剰率)は80% ee。
TON (Turnover Number) 触媒回転数;
触媒1分子が行う物質変換量。例) TON = 10,000; 触媒1分子が10,000倍の原料を物質変換する。
TOF (Turnover Frequency) 触媒回転頻度;
触媒1分子が単位時間当たりに行う物質変換量。例) TOF = 35,000min-1; 触媒1分子が1分間に35,000倍の原料を物質変換する。
<本件に関する問い合わせ先>
高砂香料工業株式会社 ファインケミカル事業部 03-5744-0531