日本の伝統から新たな食文化の創造を
プラントベース食品市場は急速に拡大を続けています。私たち高砂香料はグローバルフレーバーハウスとして、当市場におけるお客様のニーズ・期待に応えられるようなフレーバーソリューションをお届けすべく、各種準備を進めています。プラントベースの代替肉・シーフード、およびプラントベースの代替乳というふたつのグローバルプロジェクトを立ち上げたのもその一環で、プラントベース市場の高まる需要を満たし得る技術開発をめざしています。
現在は動物由来のタンパク質や脂質に似せるアプローチが主流ですが、私たちはそれだけでは十分ではないと考えています。高砂香料はアジア発のフレーバーハウスなので、アジアにおいて植物やキノコが歴史的に重要なたんぱく源で、そのための多くの調理法や料理が生み出されてきたことをよく理解しています。それ故に、私たちはアジアの先人たちの叡智を取り入れることで、プラントベース食品をさらにおいしくできると考えています。
このような考えから、日本で発展した伝統的プラントベース料理である精進料理に学ぶことにしました。この料理においてはその数々の技法だけでなく、お客様の満足のため細部までこだわり抜いた準備が非常に重要であり、これは私たちの創業精神である「技術立脚の精神に則り社会に貢献する」にも通じます。
精進料理をより深く理解することで、私たちはこの新たな分野により貢献できると考え、今回高砂グローバルチームは東京の精進料理レストラン「宗胡」を訪れました。
講師のご紹介
Shojin 宗胡オーナーの野村シェフは、東京愛宕の精進料理醍醐を営む家族の長男として生まれ、醍醐の三代目料理長としてキャリアを積み、2008年より継続してミシュラン2つ星を獲得されました。
2015年、醍醐より独立し、 Shojin 宗胡をオープン。より多くのお客様に精進料理を楽しんで頂きたいとの思いより始めた同店では、伝統的な料理をベースに、現代の感性を取り入れた精進料理を、リラックスしたダイニング空間で提供されています。
料理の傍ら、日本料理、精進料理の教育、啓蒙活動にも積極的に取り組み、国内外で活動の場を広げており、Plant Forward Global 50(植物性の料理を先導する世界のシェフ50人)にも選ばれました。(https://www.sougo.tokyo/chef.htmlより)
そもそも精進料理はどのようにして生まれたのか
日本の精進料理の起源は、鎌倉時代の13世紀に禅宗のひとつである曹洞宗の開祖・道元禅師が、留学先の中国から持ち帰り普及させた料理の手法で、仏僧が修行に専念するための菜食料理です。
日本の僧侶たちは奈良時代(8世紀)から菜食を行っていましたが、このころはまだ調理法は発達しておらず、味つけもシンプルなものでした。また、平安時代(8世紀~12世紀)には魚介、肉類を使わない植物性の食事は「精進(そじ)もの」と呼ばれていました。
鎌倉時代に入り、中国で学んだ道元は、日常生活そのものが修行であり、中でも食事行為を修行の一環として重んじました。道元が著した、修行僧の食事を作るための指示書、『典座教訓(てんぞきょうくん)』には、五法(生、煮、焼、揚、蒸)、五色(青、黄、赤、白、黒)、五味(鹹、苦、酸、辛、甘)を組み合わせること、旬の食材を余すことなく使って調理することなどが細かく定められていて、これらをバランスよく組み合せることにより、味つけもしっかりとした菜食料理が作られるようになり、戦で疲労して塩分を欲する武士たちや、肉体労働に励む庶民にも広まっていきました。
植物性の食材を使うことで知られている精進料理ですが、紀元前5世紀ごろに南アジアで仏教が誕生した当初、肉食は禁じられていませんでした。当時の出家修行者はお金を稼いだり物を作ったりすることができなかったため、毎日家々を巡り手に入れたさまざまな食料によって生活をしており、食べ物に差をつけることはありませんでした。そもそも仏僧の修行として守るべき生活規則である戒律には、「肉を食べてはいけない」という決まりはありませんでしたが、それでも自分が食べるための殺生に直接関わっていない「三種の浄肉」に限られていました。
しかし、生き物を殺してはならないことを意味する不殺生戒(ふせっしょうかい)は仏教徒が守るべき五戒のひとつであることも事実です。したがって、禅宗もその宗派のひとつである大乗仏教では、他の生命を奪わないと食べられない肉食も禁止されています。さらには「ネギやニンニクなど、香りが強い五種類の野菜の五葷(ごくん)を食べない」という戒律もあります。これらは精力がつくとされているため、修行僧の心を乱し、世俗的な欲求を刺激するかもしれないからです。
仏教用語で「ひたすら仏道修行に励むこと」を意味する「精進」という言葉は、「肉食をしないこと」や「心身を浄めること」などの意味へと発展していき、世界中で愛されている和食の原型にもなった、現代にも続く精進料理という概念が生まれました。
学び① 出汁についてのワークショップ
野村シェフの「Shojin出汁」とは
▪精進料理の伝統的な出汁は、昆布、干し椎茸、かんぴょう、大豆で引くことが多い
▪一方、“Shojin”出汁では昆布とさまざまな野菜(西洋野菜も含む)やキノコで出汁を引いている
▪この方がより多くの方々が親しみやすい(=ストライクゾーンを広げることが出来る
学び② 野村シェフによる”Shojin”料理体験
野菜のお刺身
タイ産のヤシにオイスターリーフを組み合わせて、魚介の風味を作り出した遊び心のある野菜のお刺身です。
じゅんさい椀 揚げパン モロヘイヤ
出汁にじゅんさいというのは懐石料理の定番ですが、そこにもち米を使った揚げパンを入れることで、スープにクルトンのようなイメージを作っています。
道明寺寿司
お寿司は本来冷たい料理ですが、揚げることでほんのり温かい、道明寺で作った酢飯というユニークな風味を作り出しました。
皮付きヤングコーン 姫筍 枝豆
野菜のおいしさを引き立てるにはどうしたらよいかと考えて、シンプルな味つけで仕上げました。
揚げ出し胡麻豆腐 きのこ餡
出汁を使った料理の応用として、提供しました。
”Shojin”角煮
ひとつはもどき料理(伝統的な精進料理のひとつ)を入れたいと考えて、これを選びました。
とうもろこしご飯、春菊のすり流し、昆布佃煮
季節のご飯と、あとは精進料理の基本の考え方である「食材と向き合い、無駄が出ないように調理する」に則り、出汁に使った昆布は佃煮にし、お浸しで葉を使った春菊の残りの茎部分はすり流しでお椀に仕立て提供しました。
水と果実
見た目涼やかになるよう、フルーツと葛を使ったほんのり柑橘が香るゼリーで仕立てました。
参加者の声
Dr. Markus Eckert, VP Flavor Creation & Technology, Global Flavor R&D Lead for Plant-based Meat & Seafood
シェフの野村氏が、日本のプラントベース料理について歴史的、文化的観点から語るのを聞きながら、昆布と野菜の出汁をバランスよく組合せ、醤油をブレンドし、おいしいヴィーガン料理(お浸し)を作り、提供するのを目の当たりにしたことは、一生忘れられないほど素晴らしい経験でした。
私にとって最も印象深い学びは、産地による昆布出汁の風味の違いで、北、西、南岸、どれもそれぞれにおいしく、繊細かつ複雑で、食欲をそそります。これらを自分で組み合わせてさらに野菜エキスとブレンドし、ユニークなヴィーガンスープを作り、学んだことは、今回のハイライトのひとつです。
日本のマスターシェフに自分たちがブレンドした出汁を試食・審査していただくことには刺激を受けました。
高砂USAの技術チームは、さまざまな最終用途に向けたヴィーガンフレーバーに積極的に取り組んでいますが、生活者に好まれるフレーバー体系を開発するため、特定のニュアンスやフレーバープロファイルを強調するフレーバーのビルディングブロックの組み合わせを最終調整する際に、今回学んだことのいくつかをすぐに応用したいと思います。
Jemaine Chia, Savory Category Director South-East Asia
このワークショップでは、目からウロコが落ちる多くの経験をしました!私たちは基本に立ち返り、昆布、シイタケ、エノキダケ、ヒラタケ、トウモロコシ、ダイコン、ニンジン、ブロッコリーなど、日常に紛れて見過ごされがちな食材を見直しシンプルな食材においしさを見出す術を学びました。
これらをうま味たっぷりのおいしいスープに仕上げ、味覚的な満足だけでなく、見た目にも美しい料理に変身させたのはとても興味深い体験で、このセッションは、クリエイティブな感覚を呼び起こしました。
プラントベースの開発には多くの可能性とチャンスがあると実感したので、さまざまな分野の商品開発においておいしさを引き出し広げていくために、たくさんのプラントベース食材の使用法について、研究開発チームと協力して探求していきたいと思います。
Peter Vermeiden, VP Flavor R&D EMEA, Global Project Lead for Plant-based Dairy
「宗胡」のシェフの野村氏には、精進料理の哲学と調理法について素晴らしい概要を教えていただきました。禅寺において料理をする人や食べる人への指導を含む生活や哲学について、4種類の昆布の試食、続いて、シェフにさまざまな種類の昆布を組み合わせた6種類の出汁を披露していただきました。さらに一歩進んでさまざまな種類の昆布や野菜を使って自分だけのブレンド出汁を作る経験は、素晴らしく感覚的な体験でした。
植物性素材と精進料理の「五法」の組み合わせで何ができるのか、目からウロコが落ちる思いでした。
精進料理の五法はプラントベース料理のクオリティを次のレベルに引き上げることができると確信しています!
Yukari Kakumu, Flavor R&D Japan, Creation Group
精進料理の基本的な概念から料理内容まで非常に勉強になる会でした。
精進料理は「プラントベース」のみではなく「ベジタリアン」向け「ヴィ―ガン」向け「SDGs」という側面も持っており今後幅広い方面でアイディアを活用できるのではと感じました。
精進料理は揚げ料理の油や、コク味をたすための胡麻の使用で「物足りなさ」を補うことで満足感のある料理が成立しています。すでに私たちも取り組んでいる部分でもありますが、油脂感をはじめとした「物足りなさ」を補うということを重視しながら、プラントベーステーマは進めていかねばならないと再認識しました。
Ratapol Teratanavat Ph.D., Global VP Consumer Insights & Market Research
このワークショップは、植物を使った料理がいかに美しくおいしく作れるかを実感させてくれました。 私たちは、何かを模倣しようとするのではなく、プラントベース料理のすばらしさをもっと受け入れるべきだと思います。動物性不使用のプラントベースの取り組みにおいては動物性食品の味を真似るのではなく、動物性不使用のプラントベースの取り組みにおいて、植物性素材のおいしさをもっと活用すべきだと考えます。高砂香料のグローバル生活者調査によると、世界中の生活者は一般的によりナチュラルでリアルな味を好みます。従って、
私たちはプラントベースの良さを伝えるこのShojin®の枠組みの中で、当社のフレーバーとその技術を広めて行きたいと思います。
このアプローチは、ヴィーガンやベジタリアンだけでなく、世界の多くの国で普及しつつあるフレキシタリアンの間にも広くアピールできるはずです。
まとめ
今回の目的は「アジアの先人たちの叡智を取り入れることでプラントベース食品をさらにおいしくする」でしたが、参加者にはその意図と可能性がしっかり伝わったようです。また、上記の「あらゆる人に楽しんでいただける料理」をめざすシェフの考えや、そのために必要な技術を越えたおもてなしの心を持つ姿勢も、私たちがShojin®を通じてめざすべきものと改めて感じました。
今回の参加者がそこで感じたことを自国に持ち帰り、日々の開発・営業活動に役立て発展させていく。それによって、高砂香料は世界のプラントベース食品市場に対し今まで以上に貢献してまいります。