浜松塩屋蒔絵十種香箱

十種香は室町時代に始まったとされる最古の組香。四種の香木を選んで焚き、その香りを聞いて香木の種類を当てるという遊戯だが、そこで用いられる道具をまとめて収めたのが十種香箱である。全体に金粉を密に蒔き付け、金銀の高蒔絵に研出蒔絵、さらに小さな方形に切った金の板をちりばめて、室町以来の古典的な文様を表わす。まことに豪華な仕上がりをみせる香道具箱である。

浜松塩屋蒔絵十種香箱　聞香炉

十種香箱に収められた香道具類のひとつ。香席にまねかれた客が手にとって香を聞く聞香炉である。中の灰に小さな香炭団を埋め、その上に銀葉（薄い雲母の板）をおいて、そこに香木をのせて焚く。江戸時代の十種香で用いられた香炉は、胴に膨らみをもたせた円筒形のものが多いが、ここではシンプルな円筒形に作られて、近代的な感覚をうかがわせるものとなっている。

貝藻蒔絵沈箱

黒漆で美しく塗られた箱の表面には、金銀の蒔絵で流水に貝藻文が描かれている。三月三日、桃の節句のころは潮干狩りに好適な季節でもあり、貝の文様は、古来、女性の持ち物に好んで描かれてきた。また、懸子(ｶｹｺﾞ)にきっちりと収められた香箱の蓋表にも、「桐壷」、「若紫」、「紅葉の賀」など『源氏物語』の各帖を象徴する文様が表わされており、この箱が女性の調度として作られたものであることが明らかとなる。

浜松塩屋蒔絵十種香箱　香盆

十種香箱に収められた香盆である。これに香炉などをのせて香席に供する。この画面でなにより印象的なのは、繊細な蒔絵技法が織りなす光と影である。ごく微細な金粉を密に蒔き詰めて陽光に満ちた空を表し、その金粉の密度を次第に薄くしてく昏い海へとつなげていく。古く平安時代から始まる蒔暈し(ﾏｷﾎﾞｶｼ)という手法だが、このあたりにも装飾美術としての蒔絵の特長がはっきり示されているといえるだろう。

思羽包(および源氏香図本

房のついた紐で結ばれた早雲寺文台裂(ｿｳｳﾝｼﾞﾌﾞﾝﾀﾞｲｷﾞﾚ)の袋は思羽包(ｵﾓｲﾊﾞﾂﾞﾂﾐ)と呼ばれ、志野流香道で用いられる。通常は香包みを入れるのに用いるが、床や台子棚に置いて飾ることもある。左の金地の折本は源氏香図本で、源氏香という組香で使われる。香の組み合わせを五つの線で表わしたデザイン性の高い意匠で、それぞれに源氏物語の巻の名がつけられている。ともに若松梅枝蒔絵十種香箱に収められている。

六十一種名香は、名香の中から室町期に志野宗信が足利義政の命により選んだ香木とされるが定かではない。並びなき名香として香道の世界では特別な価値を持つ。有名な蘭奢待(ﾗﾝｼﾞｬﾀｲ)も東大寺の名で六十一種名香に含まれる。香木の入った香包みは縹地龍田川文様緞子(ﾊﾅﾀﾞｼﾞﾀﾂﾀｶﾞﾜﾓﾝﾖｳﾄﾞﾝｽ)の仕覆に包まれた錫製筒に収められ、さらに黒漆塗筐(ｸﾛｳﾙｼﾇﾘﾊﾞｺ)の中に容れられている。香包みに記された、能筆の手になると思われる香名の繊細な筆跡も優美である。

葵紋散蒔絵香割道具

香木を聞香用の小片に截り分けるための道具で、香鉈(ﾅﾀ)、香鑿(ﾉﾐ)、香槌(ﾂﾁ)、香鋸(ﾉｺ)、香剥(ﾍｷﾞ)および香割盤(ｺｳﾜﾘﾊﾞﾝ)からなる。小ぶりではあるが、光沢をたもつ葵紋散蒔絵が美しい。これらの道具は香席に出されることはなく、通常人の目に触れるものではないが、こうした道具にまで意匠を凝らした装飾を施している点に、香道文化の美意識の高さを感じることができよう。

若松梅枝蒔絵十種香箱

十種香に用いるさまざまな香道具の中から香箱（奥）と重香合（手前）を取り出したところ。艶やかに塗られた黒漆の表面に、金の蒔絵で若松に梅の文様が描かれている。正月の初子(ﾊﾂﾈ)の日、根がついたままの若松を引き抜いてくると、その強い精気が身に移るとされ、梅も百花に先駆けて、馥郁(ﾌｸｲｸ)たる香りとともに春の訪れを告げるめでたい花である。香という雅やかな遊びの道具を飾るにふさわしい華やかな文様であるといえよう。

源氏物語蒔絵帙形沈箱

この世のものとも思えぬ美貌をもって生まれ、数奇な運命に翻弄されていく貴公子、光の君。そして、かれの生涯を彩った美しい女性たち。ここでは、その『源氏物語』の装丁が、沈箱の意匠に写し取られている。帙(ﾁﾂ)を象った箱の表面には紫式部が物語を書いたとされる石山寺周辺の光景を描き、内に収められた小箱の表には「きりつほ」「うすくも」と、物語各帖の題を記す。香道とも縁(ﾕｶﾘ)の深い源氏物語をデザインに取り入れた、趣向に富んだ作品である。

菊枝蒔絵阿古陀香炉

火取母(ﾋﾄﾘﾓ)ともよばれる香炉である。阿古陀瓜の形に似ているところからこの名がある。室内で香を薫じたり、また伏籠(ﾌｾｺﾞ)の下に置いて衣類に香を焚き込めたりするときに用いられた。ここでは、表面を密な梨子地に仕立て、金の高蒔絵で菊枝を描いている。上にのせられた火舎(ﾎﾔ)は銀製で、やはり菊花を透かした形をとる。伝統的な蒔絵で飾られた香炉本体に、斬新な形の火舎を取り合わせたあたりに、この作品の特色を見いだすことができるだろう。

牡丹唐草蒔絵香道具

香盆の上に、右から香箱、香炉、焚殻入の三つが置かれており、それぞれの器の表面は、きわめて様式化された牡丹唐草の文様で飾られている。牡丹は富貴草とよばれる縁起のいい花であり、それを繋いだ牡丹唐草は、慶賀の意を表わす文様として、大名婚礼調度の装飾に多く用いられた。この香道具のセットも、あるいは婚礼調度の一部として作られたものだったであろうか。